主にアジアで進行されている仏教には3つの根本思想があり、それを三相といいます。三相とは無常と苦、無我のことです。無常とは諸行無常のことで、全ての物は一定ではなくいつか終わりが来るという意味があります。「平家物語」の有名な冒頭部分にも、諸行無常という言葉が使われています。平家物語は栄華を誇る平家が、20年ほどで源氏に滅ぼされる話です。

「平家物語」は悲しい結末を迎えますが、だからといって諸行無常が人生を悲観するべき真理ではありません。全て変わっていくものだと知ることは、今を大切にすることに繋がります。老いも若きも終わりは突然やってくるものです。だからこそ、今を大切にして良好な人間関係を保とうと努力できます。永遠の愛も存在しないから、常にパートナーの立場になって考えるようになります。人間関係だけでなく、時間にも諸行無常は通用する考え方です。未来のことは分からないので、後回しにせず今頑張れます。不変の物などないという現実は、今を生きる人間の道しるべとなる教えです。無法は諸法無我、全ての物は互いに影響し、それ単体で存在できるものなどないという意味を持っています。絶対的な唯一の存在である「我」などは存在せず、この世のあらゆる物「諸法」は因縁によって作られているということです。
人間は時に自分一人の力で生きていると考えてしまいます。しかしおにぎりを食べるにしても、米を栽培する人やおにぎりを握る人など様々な人の力を借りなければなりません。日々暮らす中で、人間は「お陰様」の精神を持つことが大切です。人間関係で悩むこともありますが、縁で繋がっているからこそ生じる悩みでもあります。そういった観点から物事を見ていくと、この世に存在する全ての物への解釈が変わるものです。最後に苦は一切行苦で、仏教の出発点とも言える教えなのできちんと理解しなければなりません。仏教のスタートは全てのことは思い通りにならないという真理でした。病気や怪我は治らなかったり、収入が増えなかったりしてヤキモキする人は多いでしょう。そしてその原因は諸行無常や諸法無我にあります。仏教では世界の全ては苦しみであるという一切行苦を説きました。しかしこれも悲観することではなく、苦しみを受け入れることが大切だとしています。愛する者と別れることや地位や名誉が手に入らないことは、どうにもなりません。しかし自ら出る煩悩から解放されることは可能で、心を楽にして生きることができます。