仏教にも様々な種類の宗派がありますが、もともとはインドにある釈迦が起こした宗教になります。このお釈迦様と言われる人は、お金持ちの王子様でした。王子様だったわけですが当時の宗教とは異なり貧乏からスタートしたわけではないことが理解できます。言うならば、ありあまるものを所有しており、ものがありすぎて困って煩悩だらけになったので、自分の生き方を変えたいと感じた1人になります。よく裕福すぎる人が、これではいけないと考えお風呂とトイレがないアパート暮らし等を始める考え方と非常に似ています。そしてこのお釈迦様がたどり着いた境地は、仏教の境地の中でも原点といっても言い過ぎではありません。それ以前に仏教と呼ばれるものはなかったため、これが原点になるのは当然といえます。

仏教には、原始 仏典と呼ばれるものが存在するわけです。原始 仏典とは仏典の結集と言っても良いかもしれません。音羽お釈迦様が考えたわけですが、この考え方は宗派により色々と違う形で伝わりました。何故かと言えば、言うたびに言っていることが違うからです。つまり、人によって違う言い方をしたと言うのが正しいわけですが、もともと釈迦が考えていた事はそれほどぶれていないわけです。ただその人によってアドバイスの仕方が違ったため、それを聞いた人はお釈迦様からアドバイスをもらったわけですが、亡くなった後に自分なりの解釈で様々な考え方を布教したわけです。やはり自分もお釈迦様に使えていたため、その考え方を広げなければいけません。そのような意味において、5人の弟子がいてそれぞれ言われたことが違っていれば解釈も大きく異なり、それが宗派によって違いが生じた理由になっています。
何か、書面に書き残してくれればよかったわけですが、そのようなものはなく、般若心境なども後に作られたと言われており最初からあったわけではありません。このように考えれば、原点となる仏教の教典は非常に重要なものとなりますが、現在でも明確な事は分かっていないのが現状です。
仏典はパーリ語と呼ばれるもので書かれてあり、南伝大蔵経などが有名となります。また、スッタニパータなどと呼ばれる言い方をすることもありますが、いずれにしても現代でも解釈が分かれるところです。現在日本に伝わっているものは、すでにそれから数百年が経過したものであり、元の形が少し崩れています。実際に葬式などをしている仏教のお坊さんはたくさんいますが、お釈迦様自体はお葬式をすることに対して否定的だったと言われているわけです。このように正確に伝わっていないものの、当時の考え方を知るために仏教を学ぶ人は少なくありません。