一般的に、仏教の意味や捉え方はそれぞれの地域によって大きく異なります。伝統的な宗教性が全く違っており、その中から最善の宗派を選択して悟りを開いていくことを目的としているのが、仏教です。紀元前450年ころにガウタマ・シッダールタ、通称で釈迦と呼ばれる人物によって開かれました。2000年以上の歴史が存在するものであり、世界的な宗教の中でも非常にその歴史は長いです。

仏教の基本的な考え方は、2つ存在します。まず、大衆の中で教えを広く勧めていき、多くの人物を救っていく過程で悟りを開くというものです。この宗派のことは、大乗仏教といいます。反対に、悟りを開くための道は自己完結にあり、個人が修行をすることを重要視する考え方も存在します。これを、上座部仏教といいます。つまり、上座部仏教は自己完結を目的とした宗派であり、他者救済を前提としているわけではないという大きな違いが存在します。
上座部仏教は、自己完結を行うことから悟りを開くことから徹底的な内向的な考え方をしています。実際に、大乗仏教に対しては本来の釈迦の考えとは逸脱していると判断していますので、これらの違いを理解していないと宗派の違いがみえてきません。現代的なモラルの観点で考慮しても、大乗仏教は信仰心を重要視しているのに対して上座部仏教は原始的な戒律重視を行っています。これは、どちらが正しいというわけではなくお互いに仏教の本質を突き詰めて考えた結果であるため、それらを信仰している人達にとってはどちらも正しい考え方です。現実的にも、上座部仏教の戒律は現代でも重視されていることで、全てで227個存在しています。酒を飲んではいけない、お金に触れてはいけないなど、目的を達成するために不要となるものに関しては一切妥協しない考えです。
自己完結の道を行くためには、そのための厳しい修行をしなくてはならないというのが大きな解釈の1つです。例えば、瞑想を行って煩悩を立つことはとても重要なことです。戒律重視とはいっても、それを人に強要するのではなくあくまでも本人が悟りを開くことを重要視していますので、それを達成するのならば己が苦とする道を行くことにも不満がない考えです。
日本の場合は、実はこの考えが入ってきたのは明治時代になってからでありかなり遅いです。日本に先に入ってきたのは大乗仏教の方だったので、日本国民に認識されるのが遅くなった影響もあり、日本国民の仏教徒の大半が大乗仏教に属するようになっています。