四聖諦とは仏教の基礎と教えられている4つの真理のことを示す用語で、因果の道理を示しています。4つの真理とは苦諦、集諦、滅諦、道諦です。
苦諦は「人生とはそもそもが苦しいものである」ということです。金持ちか貧乏人か、健康か病人かに関係なく生きることは苦しいという考え方は、仏教における基本的な人生観となっています。なぜ人生は苦しいのか、それは世の中というものは基本的に私たち人間の思い通りにならないことばかりだからです。仏教ではこれを八苦という言葉を使って説明しています。自分が望んだわけでもないのに困難に満ちた世界に生まれること、生まれた瞬間から老いていくこと、病にかかり苦しむこと、そしてその末に死んでしまうこと、これらを総称して四苦と呼びます。これに愛するものと別れること、嫌な人間と出会うこと、欲しい物が手に入らないこと、暑さや寒さといった感覚に支配されることを加えて八苦です。
集諦はこうした苦しみには必ず煩悩と呼ばれる原因が存在するという考え方です。煩悩の数は宗派によって違いますが最も有名なのは108でしょう。除夜の鐘が108回鳴らされるのはこの煩悩の数に対応しています。
滅諦は苦しみの原因である煩悩=欲望がなくなった状態こそが理想的であるという教えです。一般的に仏教の修行者はこの状態にたどり着くことを目標にしています。しかしこの境地に辿り着くことは言うまでもなく簡単なことではありません。困難な悟りの境地に到達するための方法について語った教えで最後の真理である道諦です。
道諦では悟りを得るためには八正道に沿った生き方をしなければいけないとされています。八正道とは簡単に説明すると以下の内容を実践して生きることが大切だという教えです。仏の教えに関する正しい知識を持つこと、欲望に惑わされずに適切な判断を行うこと、嘘や無駄話をしたり他人の誹謗中傷をしないこと、生き物を殺したり性的な行為をしないこと、道徳に反する仕事をしないこと、過ちを減ら善行を増やすよう励むこと、瞑想すること、無我にいたる集中力を持つことです。
ただしここまで説明した内容は原始仏教と呼ばれる宗祖、釈迦の教えに沿ったものになります。後年に成立した大般涅槃経では、原始仏教の四聖諦に大乗仏教的な要素を加えています、たとえば滅諦に相当する滅聖諦では、修行に没頭できない一般人であっても仏を心から信じれば煩悩を取り除くことは可能と説明されています。