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仏典:パーリ仏典

2月 3, 2020 by 管理者

“パーリ仏典とは、パーリ語で書かれた南伝の上座部仏教に伝わっている三大仏典の一つです。パーリ聖典やパーリ三蔵など、さまざまな呼ばれ方があります。日本には戦前に輸入され、日本語に翻訳されたのち出版されました。日本では漢訳大蔵経、チベット大蔵経に対し南伝大蔵経やパーリ語大蔵経としても有名です。

書かれている言語のパーリ語は、俗語の一つであるプラークリットです。釈迦が過ごしたインド北東のマガダ地方ではなく、ウッジャイン周辺で使われていたピシャーチャ語の一種だと考えられています。ちなみにパーリとは聖典の意味であり、パーリ語という呼び方も聖典の言葉というところから名前がつけられました。仏典は長い年月の中で編纂や翻訳が繰り返し行われ、当時の形態から大きく離れているケースもあります。しかしインド部派仏教時代の形態を強く残しており、当時の形態がよくわかる現存する唯一の経典とされてきました。現在上座部仏教の文化圏であるスリランカ・ミャンマー・タイなどの国で流通しているのは、12世紀以降に広まったスリランカの大寺派を起源に持つものです。少しの違いはあるものの、基本的には同一と考えられています。

近代以降に広まったものは、1881年にロンドンで設立された教会、また1954年にビルマのヤンゴンで編纂されたテキストなどが底本となっています。パーリ仏典の構成は、律蔵・経蔵・論蔵の三蔵からなり漢訳やチベット語の聖典と同じです。順序は律蔵を軽視する漢訳とは違い、チベット語と同じ順番になっています。律は中国やチベットに伝わっているものとは異なりパーリ律と呼ばれ、経は漢訳大蔵経では阿含部や本縁部にあたるものです。大乗仏教経典は、含まれていないのもの特徴となっています。

アッタカター・ティーカーと呼ばれる注釈文献群も付属しており、書かれている内容を解釈する際に使われています。日本では戦前に輸入・翻訳され広まりましたが、底本に使われたのはロンドンの校訂出版本です。大正時代に大蔵経を手掛けた学者らによって日本語訳され、1935年から1941年にかけて全65巻70冊として出版されました。現在は著作権が切れたものは、国立国会図書館の近代デジタルライブラリーでインターネット公開されていましたが、出版元とトラブルになり現在では公開されていません。このトラブルは大きな議論となり、インターネット上で公開する是非が話題となりました。”

Filed Under: 仏教の教えや引用

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