仏教と聞くと、難解で正確に意味を理解するのは難しいと思っている人もいるのではないでしょうか。確かに、日常で扱うような用語とは異なり意味が異なることも多く、大学で学んだ人でないと取っつきにくいとも言われているのが実情です。そもそも、日本には古来より神が存在するとされ神が信仰の対象でした。6世紀に朝鮮半島から仏教が伝来し、当時の有力豪族の保護されて全国的にも広まっていき、神仏習合などの動きによって神と同等の扱いを受けるまでになりました。それから日本の歴史では仏も手厚く信仰されるようになったのですが、明治維新に関係して諸外国に倣って近代化を目指す日本国内では、廃仏毀釈という仏教関係のものを破壊するという行動が引き起こされたのです。その後、戦争が終わると仏が再び信仰の対象とされるようになり、現在に至っています。ここでは、難解とされる仏教用語について解説していきます。最初に説明するのは、愛です。愛というのは、人々が普段使用する場合は誰かを愛するというように、好きな気持ちを表すものであるのに対して仏の世界では煩悩の一つと言われ、人々を苦しめるものなのです。煩悩であるため、年末につく除夜の鐘でもその対象として捉えられています。有難うという言葉も、仏教で使われる用語です。本来は、有ることが難しい、そこに存在することが困難であるという意味でしたが徐々に感謝の気持ちを表す用語に変化していきました。よって、元々は寺院で使うことの多い言葉だったのです。ゴールデンウイークが終了し、学校や仕事に行きたくないという人が周りにいるのではないでしょうか。そのような人は、五月病にかかったということなのですが、この五月病も僧侶たちが使用する言葉なのです。ここでは、やる気が起きなくなることという意味ですので、日常で話す場合にも意味は同じであることが窺えます。最近問題になっている自殺ですが、この用語も仏の世界の言葉から伝わっているのです。普段は、自分自身で命を絶つことを意味するものなのですが、元来は自身の手で他の生き物を殺すことを表しています。自分を殺すのか、自分が殺すのかの違いなのでこの漢字からは二通りの解釈をすることができます。このように、現在で何気なく使用されている用語は、元々は仏に関連した言葉であることが分かります。そのまま流用したり、本来の意味から転じて別の意味が与えられるなど様々なものがあるのです。
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